開講日: 2018年 9月14日(金)
講 師: 小川希(Art Center Ongoing)
NADiff a/p/a/r/tを教室にして始まった「NADiffで学ぶ、現代アート連続講座」。
第一弾「キーワードで読みとく現代アート」の第3回目を9月14日に開催しました。
第1回目の「コンセプチュアル」、第2回目の「フォーマリズム」と続き、最終回は「ポリティカル」のキーワードから現代アートを読みといていきます。
講師を務めてくださったのは、吉祥寺にあるArt Center Ongoingの小川希さんです。
ポリティカル(政治にかかわるさま・政治的な)という言葉は現代アートに関わらず、耳にしたことがあるキーワードではないでしょうか。ポリティカル・アートとは、社会を批判的に表現したもの、または社会改善が制作動機にある表現を指します。政治や社会情勢との結びつきが強い作品というと難しそうなイメージもありますが、“今、生きている世界”について、時に雄弁に、時に曖昧に、語りかけてくる作品の声に耳を傾けるために、さまざまなアーティストを紹介しながら、わかりやすくポリティカル・アートの歩みをお話していただきました。
まず始めに小川さんが取り上げたアーティストは、ヨーゼフ・ボイスです。
戦後に彫刻を学び、戦争での体験に基づいた作品を発表していくなかで、ボイスは「社会彫刻」という概念を打ち出します。彼は、一人一人の行動が未来を変えていくことができ、その点において、全ての人間は芸術家であるとしました。より良い社会を形成する能力を誰もが潜在的に持っているという考えを、「社会彫刻」という言葉を使って打ち出したのです。ボイスによって「芸術」の概念は拡大されます。
これまでの講座では、「コンセプチュアル」の代表としてマルセル・デュシャンを、「フォーマリズム」の代表としてジャクソン・ポロックを紹介しましたが、ボイスは彼らとも異なる潮流を生み出しました。それぞれが「芸術とは何か」という問いへと向かう新しい道を切り開いていったのです。
ボイスが作家活動を始めた背景に第二次世大戦があったように、戦争に対するポリティカルな態度を示す作品は数多くあります。
フランス人のクリスチャン・ボルタンスキーは、ユダヤ系の血筋を引く両親を持ち、ホロコーストの影に怯えながら少年時代を過ごしました。彼の作品は、ホロコーストを題材として直接的に扱ったり、戦争に対する明確なメッセージを発したりするものではありません。人の気配や生と死を感じる作品を通して、やがて忘れ去られていく、名も無い人々の存在と記憶をいかに残していくかを訴えかけます。
他にも、原爆ドームなどの世界各地の歴史的建築やモニュメントに映像を投影し、公共の建造物が持つ権力性や歴史を可視化するクシュシトフ・ウディチコや、中国政府に対する批判をあらゆる活動を通して表明してきた艾未未(アイ・ウェイウェイ)のように、政治と芸術を強く結びつけた表現をしている作家の作品も見てきました。
「政治や歴史を喚起させる作品はボイス以降いくつか出てきますが、それが顕著になるのが90年代です。90年代に入ると国際展が世界中で開かれるようになり、キュレーターと呼ばれる人がどんと立って、コンセプトを立てたうえで作家を選ぶようになります。そのため、マイノリティ、ジェンダー、セクシャリティなどをテーマにした作品が取りざたされ、文化的、政治的、制度論的な視点に基づく批評が増えてきます。それによって『現状→批判』という作品が溢れ、『ポリティカルコレクトネス』と呼ばれるような政治的に正しい表現、だれが見ても正しい表現が広まっていきます。それ自体が型になってしまって、問題のリアリティがなくなってしまうくらいに。」(小川さん・講座にて)
講座の後半は、そういった状況においても、アートでしかできないやり方で、人の心を動かしてきた作品を取り上げていきました。西洋人の描く「東洋」「イスラムの女性」という画一的なイメージと戦い、制作を続けるシリン・ネシャッド、表には一切顔を出さずに、世界各地でゲリラ的にグラフィティアートを残し、権力に対する挑発的で皮肉のきいたメッセージを発信しているバンクシー、ストリートというフィールドで、ポートレート写真を使って人種や性別、人々の関係性を浮き彫りにするJR(ジェイアール)といった作家の作品を見ていきました。
彼らの作品は一方的な正しさを振りかざすのではなく、複雑で単純ではない問題について、作品を通して問いかけます。
最後に日本におけるポリティカルな表現として、写真家の石川竜一と、映像作品を発表している山城知佳子による沖縄へのアプローチについて、加藤翼やChim↑Pom(チンポム)による東日本大震災へのアクションについて触れました。
「もちろん僕らが生きている日本にも、沖縄や東日本大震災の問題だけでなく、政治的に複雑な状況があります。アーティストたちは自分たちの問題としてアクセスして、単純にルポとして暴き出すのではなく、作品を通してその問題の複雑さを投げかけています。ポリティカルな作品があまり好きではなかった時もありましたが、それはポリティカルコレクトネス的な正しさを表現している作品が多かったからだと思います。今は単純ではない、内省を促し、見る側の判断や考えを想起させるような作品がたくさんあります。」(小川さん・講座にて)
3回にわたって開講した今回の講座。
駆け足ではあったかと思いますが、「コンセプチュアル」、「フォーマリズム」、「ポリティカル」の3つキーワードが、現代アートの見方に広がりをもたせるヒントになることを学んでいきました。この3つのキーワードは作品に対する異なるアプローチの仕方です。作品をキーワードによって分類することなく、「こんな見方もあって、こんな考え方もできる」と見ていくと、現代アートをもっと楽しめるのではないでしょうか。講座で取り上げたさまざまな作品を実際に見にいく楽しみ、新しい作品との出会いを重ねていく楽しみを感じる講座となりました。
小川さん、ありがとうございました!
連続講座は今後も、さまざまな講師陣をお迎えして開講していく予定です! 今後の講座にどうぞご期待ください!
●講座で取り上げたアーティスト
◆ヨーゼフ・ボイス
◆クリスチャン・ボルタンスキー
◆クシュシトフ・ウディチコ
◆シリン・ネシャッド
◆ウィリアム・ケントリッジ
◆艾未未(アイ・ウェイウェイ)
◆バンクシー
◆JR(ジェイアール)
◆加藤翼
◆Chim↑Pom(チンポム)
◆石川竜一
◆山城知佳子
●講座第一弾「キーワードで読みとく現代アート」 全3回
第一回 コンセプチュアル
開催日:2018年7月20日(金)20:00-22:00 ※終了しました
コンセプチュアル・アートがわかると、現代アートは楽しい!
コンセプチュアルとは、視覚イメージだけでなく、言語を介すことが前提となったアート作品のことです。1960年代から70年代を通して台頭したコンセプチュアルな観点をもつアートの動向は、世界各地、そして日本国内でも多様な展開をみせました。
コンセプチュアルの先駆けといわれる、マルセル・デュシャンの作品から、今日のアート動向まで、コンセプチュアル・アートの事例をみながら現代アートの基本を学びます。
>>講座レポート
第二回 フォーマリズム
開催日:2018年8月24日(金)20:00-22:00 ※終了しました
フォーマリズムがわかると、現代アートを読み解ける!
フォーマリズムとは作品の主題や内容ではなく、作品にあらわれている「かたち」を重視する作品の解釈のことを指します。作家の感情や意図や、社会的背景、または鑑賞者の印象などを一切排除した批評理論は、ミニマリズムやコンセプチュアル・アートなど現代アートの芸術運動の発展に大きく寄与しました。フォーマリズム的作品の理解を通じて、現代アートを「読む」、スキルを身に着けます。
>>講座レポート
第三回 ポリティカル
開催日:2018年9月14日(金)20:00-22:00 ※終了しました
ポリティカル・アートの動向を知って、「今」を知ろう!
情勢不安が高まるほど、政治と関係を結ぶ芸術への関心が取り戻される傾向がアートの世界にはあります。ポリティカル・アートとは、社会を批判的に表現したもの、または社会改善が制作動機にある芸術などにも使われるものです。
今日のアーティストが表現するポリティカル・アートの事例を見ながら、アート表現の射程を幅広くみてゆきます。
●Profile
小川希(おがわ・のぞむ)
1976年東京生まれ。2001年武蔵野美術大学卒。2004年東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。2002年から2006年に亘り、大規模な公募展覧会『Ongoing』を、年一回のペースで企画、開催。その独自の公募システムにより形成したアーティストネットワークを基盤に、2008年に吉祥寺に芸術複合施設Art Center Ongoingを設立。現在、同施設代表。また、JR中央線高円寺駅~国分寺駅区間をメインとしたアートプロジェクト『TERATOTERA(テラトテラ)』のチーフディレクターも務める。
>> Art Center Ongoing
●お問い合わせ
NADiff a/p/a/r/t
150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-18-4 NADiff A/P/A/R/T 1F
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