石井孝典の母の生家は、香川県の仁尾という町の旧家だ。
石井家の四人兄弟は、少年時代から四季折々に、この「にお」の家の祖母を訪ねた。
祖母が亡くなり、誰も住まない空き家となってからも石井はこの土地と家を時折訪れては写真を撮りためてきた。
兄弟たちにとって、この家と庭に宿る記憶がどんなものであったか。
それは他人である私たちには、もちろん計り知れない。
しかし家や庭には、ものいわぬ住人たちが棲みついていて、家人たちが去った後も、その記憶をじっと寡黙に守り続けている。
それは、ひっそりとした暗がりで身を寄せあう庭石や灯籠、おどけた表情をみせる瓦や陶の瓶、蔓草の這う土塀やうろこ壁、けして朽ち果てて土に返ることのない、鉱物でできたものたちだ。
生き物が育まれる場所と聞くと有機的なものを思い浮かべるが、堅牢な石や、焼きしめられた陶磁にも、か弱いものを庇護したり、永い時を経て成長を見守る、懐の深さがあるような気がする。
一見、即物的で体温や情感をもたないが、雨ざらしにされてきた鉱物特有の湿度をふくんだ量感と質感はしっとりと、ひんやりと、心地よく、目の奥に染みわたる。
祖母の家を黙って護ってきた石たちを、石井が撮り続けているのもそこに引き寄せられてのことなのかもしれない。
枯れた色彩のデリケートなグラデーションと、みずみずしい風合いを重ねていく写真の連なりに旧家の屋敷と庭に息づく、歴史の呼吸を感じとってほしい。
(TRAUMARIS アートプロデューサー/ライター 住吉智恵) |